第9話  働く決心

 程なくして、扉の叩く音が室内に響く。長渡が駆けつけ扉を開けると、コートと鞄を手に持った未由斗の父が立っていた。そのまま長渡が彼を中へと迎え入れる。入って来てすぐに未由斗は父と視線を交えた。
「未由斗!」
「お…お父さん、お仕事お疲れ様…」
「お前は…何やったの?」
邪鬼対策本部に厄介になっているなどとは夢にも思わなかった父は、やや怒りを帯びた口調で尋ねる。
「えーと、話は帰りながらゆっくりすることにして、とりあえず…出よう?」
この場で親子喧嘩が勃発しては困るだろうと、未由斗は帰路に付く提案をした。
「…ここの人達に迷惑かけたんじゃないだろうね?」
「それはたぶん…かけてないと思い…ます」
「斎木さん、迷惑どころか、我々はお嬢さんに助けられたんですよ」
横から長渡が口を挟むと、未由斗の父は驚いた様子で振り向く。
「それと、お嬢さんには正式にこちらで働いていただくことになりました。
 危険な仕事だとは思いますが、未由斗さんの力が必要なのです」
「ここで…邪鬼対策本部で働く…!?」
「うん、そう…」
少し混乱しているらしく、すぐに返す言葉が出ては来ない。
「え、えと、じゃあ、私は父と帰ります!また明日、来ますので」
「ああ、気を付けてな」
「アルちゃん、また明日ね」
そういえば、名乗ったにも関わらず西野はずっと「アル」のままで呼んでいる。呼ばれ慣れているので何も言わないが、未由斗は思わず笑ってしまった。半ば呆けている父を引き摺るようにして、未由斗は邪鬼対策本部を後にした。
「…アルちゃん、親父さんに怒られないっスかねぇ…」
「大丈夫だろう。それよりも、父親の方も…どうやら邪鬼のことは知っていたようだな」
邪鬼対策本部で働く事には驚いていたが、未由斗に助けられたと言った時にはそれほど驚いていなかった。まるで、彼女ならばできて当然のように─。
「斎木家について色々調べたい所だが、それをやると彼女が怒りそうだ」
「必要なことなら、彼女の口から聞けるでしょう」
溜息をついた長渡に川瀬が苦笑する。
「私としては明日、彼女が何をする気なのかの方が気になります」
「ははは…それは私も同じだ。彼女がああ言うくらいだ。相当な物が出て来るだろうな」
想像もつかないので、長渡は何をどう覚悟すればいいかも解らない。ひとまずはその日の事後処理等、やるべき仕事に取り掛かるのだった。

 父親と2人で邪鬼対策本部から出て来た未由斗は、エレベータの中で気まずい沈黙を破ろうとしていた。邪鬼のことを一番最初に話した時も色々と言われたが、引き下がる事ができない状態だったこともあり、我を通すことはできた。今回もそうさせてもらおうと思っているようだ。
「…そんなわけだから、明日から一緒に家出る」
「本当に…あそこで働くのか?」
「私の力が必要だから。…これ以上、邪鬼による被害を増やさない為にも」
心配そうな表情を浮かべる父親に、悪いとは思いながらも未由斗は考えを変える気はない。
「そうか…。怪我には気をつけなさい。あまり危ないことはしないように」
「…努力はする…」
駄目だと頭ごなしに言ったところで、未由斗は諦めない。それをよく知っているからこそ、父はそう言うことしか出来なかった。
「それと、学校はどうするんだ?もうすぐだろ?」
「ちゃんと行くよ。臨時職員扱いだから、バイトってことで。
 私が学校の間はアモイとアレスに頑張ってもらうことにしたの」
「そういえば、アモイ君はまだ仕事決まってなかったもんな。それは良かった」
未由斗は駄目だがアモイならば特に問題はないらしい。
「アレスは大丈夫かい?竜だとばれたりは…」
「アモイも一緒だし、そうそう竜に戻ったりしないから大丈夫」
「それなら、3人で頑張りなさい。1人でないなら、少しは安心だ」
親として当然の心配をしてくれている。未由斗は申し訳なく思いながらもやはり嬉しかった。そして、同時にこの大切な家族のいる世界を守りたかった。たとえ、自分の人生を犠牲にするとしても─。
 父と未由斗が揃って帰って来た事に、アモイとアレスは驚いた。あまりに帰りが遅いので心配していたところだったらしい。何度も携帯電話にかけたが、繋がらなかったと聞いて、未由斗は思わず電源を切ってしまっていたことを思い出した。
「ごめんごめん、わざとじゃないんだって」
「呼び掛けにも応えなかっただろ?マジで心配したんだぜ?」
「ごめん…。ちょっと、色々あってね」
まずは晩御飯だと、未由斗は食事の席へアモイとアレスを促す。とりあえず座って、皆は晩御飯を食べ始めた。そこで、未由斗が徐に報告を始める。
「あんな住宅街に邪鬼が出て来る根源があったなんて、びっくりだよ」
「だな。ディヴァースじゃ珍しくもないが、こっちで出来るのは異常だ」
「…これからもこういうことが起きるかもしれない」
神妙な面持ちで未由斗が呟くと、アモイは視線を落とした。
「だから、今より動き易い環境にすることにしたよ」
「は?」
「私、明日から邪鬼対策本部で働くから」
にっこりと悪びれることなく笑いながら言う未由斗に、アモイとアレスは箸を落とす。
「おまっ─はぁ!?何言ってっか解ってんのかよ!?」
「ついでに、アモイとアレスも一緒に雇ってもらうよう話付けといたから」
「え…私…も?」
目を丸くしたアレスに、未由斗は微笑む。
「これからは一緒に行こうね、アレス」
「っ…はい!」
「アレスは上手く丸め込めても俺はそうはいかねぇぞ?どういうことだよ!」
「働き先が見付からないんでしょ?良かったじゃない。喜ぶところだよ?ココ」
一石二鳥のようにも見えるが、問題はそこではない。アモイは言い返し難い空気の中、未由斗を睨み付けた。
「邪鬼による被害をこれ以上増やさない為…その想いは、同じだから」
「お前…解ってんのかよ?組織に入って堂々と動き回る事の意味…」
今までは陰ながら動いて来た。表立って行動すれば、どうしても目立ってしまう。目立てば要らぬ注目を受け、それは自身を傷付ける結果を生むかもしれない。未由斗はアモイの言いたい事も解るので、複雑な表情を浮かべる。
「そこは…臨機応変に切り抜けていけばいいことだよ。嘘の上塗りをしてでも、ね」
「未由斗、学校はどうするの?」
母親が重い空気も構わず口を挟むと、未由斗はにっこりと笑顔を返した。
「その為にもアモイとアレスに来てもらうの。私が学校行ってる間はよろしくね」
「邪鬼の始末も出来て、お金も稼げる。一石二鳥ってわけ。ま、頑張りなさいな」
早々に食事を終えた志弥が呆れたように呟くと、アモイは焦り始める。止めるべき側の家族が揃って反対どころか簡単に受け入れてしまっていることに。
「シーヤもおふくろさんも、んな簡単に言うけどよ!危ないんだぜ?」
他に言うことはないのかとアモイが眉をひそめれば、2人は顔を見合わせる。
「今更」
「何だよそれ!アルが怪我してもいいってのかよ!」
「誰もそんなこと言ってないでしょ?どっかの敵対組織と抗争するわけじゃあるまいし。
 ただの邪鬼討伐に、重度の危険はないと思うけど?」
さすがに志弥も慣れて来たようで、非日常的に起こる邪鬼との戦いもすでに受け入れていた。
「それに、アモイとアレスが付いてて、この子が怪我した日にゃ…。
 あんたら追い出すからね?」
一転して突き刺すような眼差しを送る志弥に、アモイは思わず身を引く。
「そもそも、この子が怪我したって、ばれる前に治して終わりでしょ。
 そんなのいちいち気にしてたら、こっちがバカみたい」
肩を竦め、それだけ言うと志弥は食器を持って流し台へと向かった。
「アモイ君、気が進まないのは解っているが、未由斗をよろしく頼むよ」
「親父さんまで…。あーもう…解ったよ。俺の負けだ。やりゃいいんだろ」
頭をがりがり掻きながら、アモイは溜息を漏らす。
「ありがと、アモイ。頼りにしてるから。アレスもね」
不満そうに口を尖らせながらも、アモイは未由斗に頼りにされて嬉しかった。現金だなと自嘲し、アモイは気持ちを紛らわせるように晩御飯を食べ進める。
「ご飯も終わったことだし、明日の話でもしよっか」
自分の食器を片付け始めた未由斗が切り出すと、アモイとアレスは慌てて残りを掻き込む様に食べる。
「…いや、ゆっくり食べていいよ?その間に話す事まとめるから」
そう言っているにもかかわらず、アモイとアレスは早々に食事を済ませてしまった。仕方がなく未由斗は2人を連れて部屋へと向かう。
「さて、邪鬼対策本部で働くことになったわけだけど。
 とりあえず最初の目標は、邪鬼と対等に戦える人を育てること。
 その為に、3人ほどディヴァースに連れて行こうと思ってる」
いきなりの爆弾発言に、アモイは思わず彼女に掴み掛かった。
「ちょっと待てよ、アル!本気か!?」
「本気だよ。部長さんと副長さん、あと受け入れ早そうな人を1人連れて行く。
 彼らは真実を知るべきだと思うから。それを、表に出す出さないは別の話」
未由斗は至って真剣にそう応える。アモイはとりあえず手を放し、もう一度彼女の目を見て訊いた。
「本当に…連れて行くのか?」
「連れて行く」
「……解った」
半ば諦めたようにアモイが言うと、未由斗はにっこりと微笑んだ。
「で、3人連れてってる間、アモイとアレスは本部でお仕事ね」
「は!?俺達も一緒じゃねぇのかよ!?」
「覚えてもらうこと多いから。それに、私がいない間に邪鬼が出たら困るし」
それは予想外だったのか、アモイは反論の糸口を探しているようだ。
「それと、2人とも初めて行くんだからスーツ着てもらうよ?」
「げっ!?」
「げ、じゃないよ。当たり前じゃない」
もっとも、協力してくれるのならば彼らは服装など気にしないだろうが。そこは口に出さず、渋るアモイに承諾させる。
「グレーでいいと思うから。アレスの分も用意してね」
「解ったよ…」
翌日の事を話し終えた未由斗は、続いてディヴァースへと赴いた。明日になっていきなり連れて来るのはさすがに迷惑になるだろうと考え、話だけでも通しておこうと思ったのだ。明日の用意に忙しいアモイとアレスは置いて、未由斗1人でアイユーヴの門を潜る。
「アルヴェラ様だ!」
「そのお姿を拝見できるなんて!」
未由斗を見た兵達が口々に感激の言葉を述べているが、彼女はあえて何も聞かなかった事にして先に進む。いちいち反応していては、体が持たないと知っているからだ。
「アル!久し振りだな。どうした?」
中庭へ向かっていた未由斗は、その途中でリューベックと出会った。探していた人物である。思えば、このリューベックもアイユーヴの女王ダミエッタに雇われて以来、ずっとここで働いていた。いっそのことアイユーヴの騎士として働けばいいのに、と思っているが口には出さない未由斗である。
「こんにちは、リューさん。実はちょっとお願いがありまして…」
「お願い…?お前のお願いは聞くのが怖いな…。何かとんでもない事が起こりそうだ」
感付かれているのか信用されていないのか、未由斗は口を尖らせた。だが、そのリューベックの勘も間違いではないので言い返すことは出来ない。
「明日、稽古をつけて欲しい人達がいるんです。お願いできませんか?」
「…突っ込みどころ満載だな。どこから聞けばいいのか迷うくらいだ」
頭を抱えながらリューベックは溜息をついた。
「私、地球で邪鬼の討伐を大々的にやることになったんですけど─」
「大々的って…大丈夫なのか?」
「個人でやるのも限界がありますし。そういう組織があるのなら、手を貸すべきかと」
「お前が決めた事なら口出しするつもりはないが…」
そうは言ったものの、リューベックは心配そうに未由斗を見詰める。何かと背負う気質の彼女が、また何か抱えているのではないかと─。
「ただ、その組織に属する人達は邪鬼の知識も実戦経験もないので、危ないんですよ。
 なので、その人達に戦い方を教えてもらいたいんです」
「ここに…連れて来るということだよな?いいのか?本当に…」
ディヴァースの存在を知らない人間を、ここへ連れて来る事は、事件に巻き込まれやむを得ない場合だけだった。地球とディヴァースがより近付き過ぎない為にもと、未由斗が常々言っていたことでもある。
「共に戦う仲間には、真実を知って欲しいですから。それが、信頼に繋がります」
「そうか。…ならば俺から言うことは何もない」
「えと…じゃあ?」
「ああ、連れて来い。いつ来ても大丈夫なように準備しておく」
観念したかのようなリューベックの言葉にアルヴェラは申し訳なさそうに俯いた。
「ご迷惑掛けて…すみません」
「いつものことだ。それで、具体的には何人来る?」
「えと…3人です」
「解った。剣でいいのか?」
「剣を予定してますが、念の為に槍も用意しておいて下さい」
より離れて攻撃できる槍の方が、安全に戦えるかもしれない。そこは使わせてみて適性も見なければならなかった。
「他には何かあるか?」
「いえ、それだけです」
「そうか…」
用件が終わったことを知ると、リューベックはそっと未由斗の頭を撫でる。前触れもなくいきなり頭を撫でられ、未由斗は固まってしまった。
「明日、楽しみにしてるぞ」
そんな未由斗の様子を知って知らずか、リューベックは笑みを浮かべながら去って行く。未由斗はしばらくその場から動けなかった。これまでの会話の流れから頭を撫でられるような内容はなかったはずだと、何度も会話を振り返る。何だったのかと考えても答が出ないので、未由斗は深く考えないことにした。



   
 

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理